昨日の続き。


WBC世界バンタム級王座決定戦、

王者・薬師寺保栄vs暫定王者・辰吉丈一郎。


両選手の入場シーン。

エグイほどの大声援がこだました。

衝撃的な大音量に扉が振動したほどだ。

会場となった名古屋レインボーホールは大きく揺れた。


ここで突然アクシデントが起こる。

配電盤のトラブルで会場の照明が数十秒間消えてしまったのだ。

テレビ中継を見ていた方も、画面が真っ暗になったために違和感があったことと思う。

会場内にこだまする大声援のため、スタッフ間で使用されていたインカムがまったく使えなくなっていた。

関係者は血の気が引いていった。

もし、このまま照明が復旧しなければどうなるのだろう…。


結果的に照明は戻った。

何事もなかったかのように、シーンは続いていく。


ただ、気になるのはこのトラブルが起こったタイミングである。

辰吉丈一郎の入場シーンの真っただ中に、これは起こったのだ。


日本ボクシング界のルールを覆して網膜剥離からのカムバックを果たした。

日本国内のリングは500日ぶり。

世間の「辰吉が圧倒する」という期待を背負ってリングへ向かう。

この大事な時間になぜアクシデントが起こったのか。


偶然にしては出来すぎている。

この後、辰吉の身に起こることをまるで予言していたかのように。


初となる世界タイトル奪取の後、網膜裂孔になった。

ブランクを作り、復帰した世界戦でKO負け。

そこからリベンジを果たしたら、今度は網膜剥離。

引退を勧告され、それを無視する形での復帰宣言。

やっとの思いでたどり着いた薬師寺戦。

苦難の時期はもう終わった。

薬師寺戦での勝利を再スタートとして、新たな伝説が始まっていくのだ。

辰吉も、辰吉のファンも、それを強く望んでいたはずだったのに…。


試合開始早々、左拳をはく離骨折する。

左手を失った状態で打ち合いを演じる。

壮絶なる打撃戦の末、判定負け。

この試合の結末は辰吉にとってあまりにも無残なものであった。


辰吉はこの試合前から、今までの試合にはなかったトラブルに見舞われていた。

辰吉と長年コンビを組んでいたトレーナーの大久保が、明らかにおかしくなっていたのだ。

辰吉と大久保の関係がギクシャクしたものになっていく。

ただでさえ、「この試合に負けたら即引退」という条件が突きつけられているのだ。

辰吉は、「勝つか負けるか」の勝負ではなく「勝つか辞めるか」の勝負を強いられることになっていた。


暗転になるというトラブルをくぐり抜け、辰吉がリングに上がる。

割れんばかりの大辰吉コールが最高潮に達した。

日本ボクシング界最高のカリスマ。

辰吉が放つオーラには脱帽する。

ここまで美しいボクサーが存在するのだろうか。

辰吉が圧勝する。

そう確信させるかのような雰囲気が漂い始めた矢先、またもや辰吉の身に異変が起こり始める。

今度は辰吉自身の問題として。


試合前、辰吉は薬師寺を徹底的に挑発し続けた。

あらゆる暴言を投げ飛ばし、ありとあらゆる言葉でケンカを売った。

しかし、入場シーンについては辰吉なりの美学があり、これについて彼はこう語っていたのだ。

「薬師寺選手がリングの上で踊るいうんやったら、どうぞゆっくり踊ってください。3分間くらいは踊ってほしいなぁ。僕は絶対邪魔はせんから。黙って拍手して見ますわ。安心して踊ってくれて大丈夫。
僕のパフォーマンス?試合前は何にもせぇへんよ。僕のパフォーマンスは試合が始まってからよ」


これまで辰吉は、リングに上がってからの余計なパフォーマンスはしてこなかった。

試合直前、相手と目を合わすことすらしない。

あくまでも、「辰吉のパフォーマンスはゴングが鳴ってから」であることを誇りにしてきたのだ。


しかし、この日は違った。

リングに上がると大きく敬礼をした後、「辰吉コール」を観客に向けて煽り始めた。

あまりにも異常なテンションで、大きく腕を振り回していく。

薬師寺が入場してもそれは止まらない。

こんな辰吉の姿を見るのは初めてだ。


よく考えれば、辰吉は違和感のある予言をしていた。

「青コーナーからリングに上がるのは全然気にしてないよ。何だったら黄色コーナーから上がっても構わない。それよりも(薬師寺よりも)先に上がりたい。あのヤックンの変なダンスを1度リング上から見てみたいから。名古屋で客席から見てみようと思っていたのに、人に隠れてよう見えませんでしたからね。リングの上で拍手してあげますよ」

この宣言通り、薬師寺がダンスを踊っていた時、辰吉は大げさな身ぶりで猿の玩具のように拍手をしていた。


確かに、辰吉はこのパフォーマンスによって観衆の目を再び取り返せたのかもしれない。

しかし、これにはどうしても違和感が残ってしまう。


辰吉らしくない。

これは辰吉ではないのだ。


試合直前まで辰吉が落ち着きを取り戻すことはなかった。

ウロウロとリング上を歩き回る。

名前をコールされても、じっとしていることができないまま。


この日の辰吉は、どこかおかしかった。


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