WBC世界バンタム級王座統一戦、

王者・薬師寺保栄vs暫定王者・辰吉丈一郎。


薬師寺保栄と辰吉丈一郎が初対面は、薬師寺が所属する松田ジムであった。

松田ジムに所属していた畑中清詞が世界タイトルの獲得を目指していた頃、辰吉が畑中のスパーリングパートナーとして松田ジムを訪れたのである。

この時の辰吉は、まだデビューしてから間もない駆け出しのボクサーだった。

しかし、この辰吉の評判は業界内に広く知れ渡っていた。

とんでもない逸材が大阪にいる。


辰吉を目の前にした薬師寺は、「こいつが辰吉か…」と心の中でつぶやいた。


松田ジムの小さなリングの中で、畑中と辰吉が拳を合わせた。

負けはしたものの世界タイトルマッチのリングを経験している畑中、

デビューしてから間もない新人ボクサーである辰吉。

キャリアからいっても結果は見えているはず。

しかし、このスパーリングは見ている者の度肝を抜いた。


これを見ていた松田会長はため息を漏らした。

「それは凄いスパーでしたよ。考えてもみてください。中間距離でバカバカ打ち合うタイプのボクサーが、うちのあんなクソ狭いリングでスパーリングをやったらどうなるか。ほとんど闘鶏みたいなもんですよ。うん、そんときは辰吉はよう打たれとったけど、ひるまずに打ち返しとったから、さすがだなとは思いましたよ」

そして辰吉の底知れぬ才能に脱帽する。

「ボクシングをやるために生まれてきたんというかな。アマのキャリアがあるといってもそれほど試合は経験しとらんのに、畑中と互角に打ち合ってましたからね。キャリアが浅かったから、3、4ラウンドと重ねてくると畑中に打ち込まれてましたけど、それは割り引いてやらんと。このまま成長していったら、それは末恐ろしいと思いましたわ」


その後、数年の時間をあけて薬師寺と辰吉がスパーリングで打ち合うこととなる。

辰吉が初の世界挑戦を控えた時期に、当時日本チャンピオンであった薬師寺が辰吉のスパーリングパートナーを務めたのだ。

薬師寺は語る。

「確か2日間で8ラウンドやったんだったかな。あの時はまだマック(後のトレーナー、マック・クリハラ)に見てもらう前だったし、実力の開きがあったことは認める。スパーリングをやってみて最初に受けた感じは、畑中さんとよう似たタイプだなぁと思った。ツメがきついし、上下に打ち分けながらパンチをまとめてくるのはうまいなぁと。でも思ったよりも一発のパンチ力があるとは感じなかったな。確かに辰吉に打たれはしましたけど、俺のパンチもよく当たったと思うよ。そんなにみっともないスパーだったという印象はないけどね」

一方の辰吉はこのことを憶えていない。

薬師寺とスパーリングをしたことは記憶していたが、その内容に関しては記憶がないのだという。

「減量でフラフラのときやもん。思っていたよりはうまかったけど憶えてないな…。あれぐらい倒さなあかんと思っていたのに倒せなかったのは憶えているけど、ボコボコにしたつもりもないし内容は憶えていない…」


薬師寺戦の前、辰吉はこんな発言をしている。

「世紀の一戦?相手がアレ(薬師寺)で?笑わしたらあかんて…」

薬師寺はあくまでもライバルではないのだ。

「ライバルとか言わんといてほしいわ。レベルが違いすぎますからね」


網膜剥離を患ったことにより世界タイトルを返上。

ブランクを作っている間に世界王座を手にしたのが薬師寺であった。

本来であれば、薬師寺と拳を交える必要はなかったはず。

しかし、網膜剥離になったことにより辰吉と薬師寺の運命が交錯することになってしまったのだ。


辰吉は薬師寺に対して興味を持てずにいた。

モチベーションが上がらない。


薬師寺の2度目の防衛戦、

相手は同タイトルの前王者であり、本来であれば辰吉と試合をする予定だった辺 丁一。

辰吉は、この勝者と世界タイトルを賭けて戦うことが義務づけられていた。

「薬師寺が勝つよ」

辰吉はこう語ったが、この言葉の中には「どうでもいい」というニュアンスが含まれていた。

「とにかく僕はチャンピオンよ。薬師寺との試合では自分が挑戦者やいう気持ちはさらさらあらへん。赤コーナーは薬師寺に譲ってやってもいいけどね。僕はそんなことどうでもええから」


あくまでも実力、人気、あらゆる面で上回っている自分が薬師寺の相手をしてやるのだ。

辰吉は薬師寺を見下す。

辰吉のプライドが、薬師寺と同列に扱われることを許さない。

かつて、薬師寺の世界戦を見た辰吉が「技術論を述べるにも値しない低レベルの試合」と斬って捨てたことがあった。


「なんで僕が薬師寺なんかと試合をせにゃならんの?」

辰吉の心にできた隙間。

そして試合当日になっても、この隙間が完全に埋まることはなかったのだ。


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